大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)6391号 判決

原告

佐々久高

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

中里榮治

被告

梅本進

井上昭

主文

一  被告両名は原告に対し、各自三二六万五一五九円及びこれに対する被告梅本進については昭和五九年九月一五日から、同井上昭については同月一九日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告両名に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余は被告両名の負担とする。

四  この判決は、第一、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

(一)  被告両名は原告に対し、各自四八六万五九四二円及びこれに対する被告梅本進(以下「被告梅本」という。)については昭和五九年九月一五日から、同井上昭(以下「被告井上」という。)については昭和五九年九月一九日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告両名の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告梅本の答弁

(一)  原告の被告梅本に対する請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する被告井上の答弁

(一)  原告の被告井上に対する請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 原告は、肩書住所地で薬局を営む者である。

(二) 被告梅本は、いわゆる投資ジャーナルグループの関連法人である株式会社東京クレジット(以下「東京クレジット」という。)の取締役(昭和五八年八月二二日から昭和五九年六月四日まで)及び代表取締役(昭和五八年八月二二日から昭和五九年五月二三日まで)であつた者であり、被告井上は東京クレジットの取締役及び代表取締役(いずれも昭和五九年五月二三日以降現在まで)である。

2  原告と東京クレジット間の取引(以下「本件取引」という。)

(一) 原告は東京クレジットとの間で、昭和五八年一一月二一日に東京クレジットが所有する東京テアトルの株式八〇〇〇株を代金二六一万三一三二円で、同年一二月一二日に同じく日本ピストンリングの株式一万株を代金四〇二万二八一〇円でそれぞれ買い受ける旨の売買契約を締結し、右代金を支払つた。

その後、原告は、昭和五九年五月二五日まで数回にわたり、東京クレジットに対し、株式の売買を依頼し、東京クレジットはこれを承諾して株式の売買委託取引がなされたが、この間、原告は昭和五九年一月二二日東京クレジットから一旦四六〇万円の返却を受けた。

さらに、原告は、東京クレジットとの間で、同年三月一四日三井金属の株式四〇〇〇株を代金二二〇万八九三二円で買い受ける旨の売買契約を締結し、二二〇万円を支払つた。

原告は、昭和五九年五月二五日、東京クレジットに対し、同日原告が所有していた全株式すなわち、三井金属鉱業の株式四〇〇〇株、東京テアトルの株式八〇〇〇株を同日中に成行価格にて売却するよう依頼し、東京クレジットはこれを承諾し、前記株式を第三者に売渡す旨の売買契約が成立した。

この結果、原告が支払いを受けるべき金額は、手数料、取引税を控除しても四五二万三一二七円となる。

(二) ところが、東京クレジットは、昭和五九年六月二日、原告からの依頼を受けないにもかかわらず、クラレの株式七〇〇〇株を買い受ける旨の売買契約を締結し、前記四五二万三一二七円を右売買代金に充当して清算したとしている。

3  被告両名の責任

(一) 投資ジャーナルグループの株式売買の仕組

(1) 投資ジャーナルグループは、「月刊投資家」を発行する株式会社投資ジャーナル(以下「投資ジャーナル」という。)と豊かな未来の会、高輪会等約三〇社の投資顧問群、東京クレジット、東証信用代行株式会社、日本証券流通株式会社の証券金融会社から構成されている。

(2) 投資ジャーナルグループは、投資ジャーナルの発行するところの「月刊投資家」等の定期刊行物や一般新聞紙上に、前記の投資顧問群の広告を掲載し、これら投資顧問に入会すれば、有益かつ的確な証券情報を得ることができ、これに基づく証券取引で確実に利益が得られる旨宣伝して、一般投資家を誘引した。投資顧問担当者は、これに応じて投資顧問に入会した顧客に対し、前記の東京クレジット等の証券金融会社が安い時期に大量に買付けた株式を当時の価格で売却する等と申し向けて株式購入を勧誘した。証券金融会社は、注文した顧客に代金を送付させ、売買報告書及び受領金員の預り証を交付したが、買付けたはずの株券及びその預り証を顧客に交付することをしなかつた。株式を買付けた顧客が証券金融会社に対し、その株式の売却を申し出た場合は証券金融会社はこれを売却して清算金を支払うことになつていたが、実際は売却した旨の売買報告書を郵送するのみで、可能な限り、預り金の返還を避止すべく、執拗かつ巧妙に新しい株式を購入させて清算金を支払わないようにしたり、担当者がいない等の口実をもつて支払おうともしない。

(3) 東京クレジット等の証券金融会社は、実際は株式を全く買付けていないか、買付総量に見合う量を買付けていない場合がある。証券金融会社は、証券取引法に基づいて、有価証券の売買、売買の媒介・取次・代理業を行なうにつき大蔵大臣の免許を得ることが必要であるにもかかわらず、その免許を得ていない。

(二) 被告両名の不法行為責任

被告両名は、いずれも投資ジャーナルグループの関連法人である東京クレジットの代表取締役であるにもかかわらず、前記投資ジャーナルグループの業務構造を認識し、したがつて株式売買により原告を含めた顧客に損害を与えることを認識しながら、右の違法な営業行為を制止せず放置したものであるから、共同不法行為者として、民法七〇九条により原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(三) 被告両名の取締役としての責任

(1) 被告両名は、前記のとおり、いずれも投資ジャーナルグループの関連法人である東京クレジットの代表取締役であり、以下の事情からすれば、その職務を行うにつき悪意又は重大な過失があることは明らかであり、商法二六六条の三により原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(イ) 被告梅本は、昭和五七年四月一三日設立の中央防災理化株式会社の代表取締役であり、株式会社の組織、運営のあり方、各機関の権限、義務について熟知していた。

(ロ) 被告梅本は、東京クレジットの業務担当取締役である岩崎豊文(以下「岩崎」という。)に日常の業務執行を一任していたが、同人を通じて月額一五万円の役員報酬を受領し、定期的に会社の業務状況、日常の業務の執行の概括的報告を受け、これを承認していた。

(ハ) 被告梅本は、東京クレジットの代表取締役に就任以来、取締役会を開催し、同社の業務方針を討議したことはなかつた。

(ニ) 被告梅本は、昭和五九年二月ころ、東京クレジットが投資ジャーナルグループの一部門であり、不公正な証券取引もしくはその類似行為により一般投資家に損害を与えていること、右事実が社会問題化していることを確知したにもかかわらず、それ以降も役員報酬を受領し続け、自ら東京クレジットへ出向いて業務を掌握したり、取締役会を招集して事態の解明と不公正な証券取引の制止を図ろうとしなかつた。

(ホ) 被告梅本は、昭和五九年五月二三日に東京クレジットの代表取締役を辞任して平取締役になり、中央防災理化株式会社の従業員である被告井上に、自己の身代わりとして、東京クレジットの代表取締役に就任させその後同年六月四日には平取締役も辞任した。

(ヘ) 被告井上は、前記(ロ)ないし(ホ)の経緯を全て了解した上で、東京クレジットの代表取締役に就任し、二年間の役員報酬金合計三六〇万円(月額一五万円)の前渡しを受けたにもかかわらず、何ら代表取締役としての任務を遂行しなかつた。

(2) 被告両名が仮に東京クレジットの代表取締役ではないにしても、同社の取締役及び代表取締役としての就任登記に承諾を与えているのであるから商法一四条により善意の第三者である原告に対し、取締役及び代表取締役としての責任を免れない。

4  原告の損害

(一) 原告は、前記のとおり、東京クレジットに対し、差引合計四二三万五九四二円(2,613,132+4,022,810+2,200,000−4,000,000) を支払い、同額の損害を被つた。

(二) 原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、弁護士費用として損害額の約一五パーセントにあたる六三万円を支払う旨を約し、同額の損害を被つた。

5  結論

よつて、原告は、被告両名に対し、共同不法行為又は、商法二六六条の三による損害賠償請求権に基づき、各自損害金四八六万五九四二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告梅本については昭和五九年九月一五日から、同井上については同月一九日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告梅本の認否及び主張

(一)  請求原因第1、2項の事実は知らない。

同第3項の事実及び主張は否認する。

同第4項の事実は知らない。

同第5項の主張は争う。

(二)  被告梅本の責任の主張について

(1) 被告梅本は、昭和五八年八月ころ、友人の岩崎から頼まれ、取締役としての名義だけを貸与したにすぎず、東京クレジットの業務内容はもちろん、同社の所在、役員、従業員等についても全く知らなかつたのであるから、共同不法行為あるいは商法二六六条の三の責任を負わない。

(2) 東京クレジットは形式上は投資ジャーナルと別法人ではあるが、実質上は投資ジャーナルの一部門にすぎず、独立した権限を全く有していないのであり、法人としての実体はなかつたから、東京クレジットの代表取締役は共同不法行為あるいは商法二六六条の三の責任を負わない。

三  請求原因に対する被告井上の認否及び主張

(一)  請求原因第1、2項の事実は知らない。

同第3項の事実及び主張は否認する。

同第4項の事実は知らない。

同第5項の主張は争う。

(二)  被告井上の責任の主張について

被告井上は、昭和五九年五月ころ、被告梅本から頼まれ、取締役としての名義だけを貸与したにすぎず、東京クレジットの業務内容はもちろん、同社の所在、役員、従業員等についても全く知らなかつたのであるから、共同不法行為あるいは商法二六六条の三の責任を負わない。

四  被告梅本の抗弁

以下の事情からすれば、原告には損害発生につき重大な過失があるから相当の割合の過失相殺がなされるべきである。

(一)  原告は、これまで株式取引の経験が一五年あり、証券会社の支店長とも一七年間交友関係があるのであるから株式に関する知識は十分有していた。

(二)  ところが、原告は、投資ジャーナルあるいは東京クレジットを雑誌を通じて知つたにすぎないにもかかわらず、投資ジャーナルと東京クレジットの関係、東京クレジットの信用、所在等に関する調査を全く行なわなかつたばかりか、担当者の姓名の確認、基本契約の締結もしないで、担当者にいわれるままに莫大な金額の取引を継続した。

五  被告梅本の抗弁に対する原告の認否

否認する。

第三  当事者の提出、援用した証拠〈省略〉

理由

一当事者

〈証拠〉によれば、原告は肩書住居地で薬局を営む者であること、被告梅本は昭和五八年八月二二日から昭和五九年六月四日まで東京クレジットの取締役、昭和五八年八月二二日から昭和五九年五月二三日まで同社の代表取締役としてそれぞれ商業登記簿に登記されていたこと、被告井上は昭和五九年五月二三日から現在まで東京クレジットの取締役及び代表取締役として商業登記簿に登記されていることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二原告と東京クレジット間の取引

〈証拠〉を総合すれば以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は東京クレジットとの間で、昭和五八年一一月二一日に東京クレジットが所有する東京テアトルの株式八〇〇〇株を代金二六一万三一三二円で、同年一二月一二日に同じく日本ピストンリングの株式一万株を代金四〇二万二八一〇円でそれぞれ買い受ける旨の売買契約を締結し、右代金を支払つた。

その後、原告は、昭和五九年五月二五日まで数回にわたり、東京クレジットに対し、株式の売買を依頼し、東京クレジットはこれを承諾して株式の売買委託取引がなされたが、この間原告は昭和五九年一月二二日東京クレジットから一旦四六〇万円の返却を受けた。

さらに、原告は東京クレジットとの間で、同年三月一四日に三井金属の株式四〇〇〇株を代金二二〇万八九三二円で買い受ける旨の売買契約を締結し、二二〇万円を支払つた。

原告は、昭和五九年五月二五日、東京クレジットに対し、同日原告が所有していた全株式すなわち、三井金属鉱業の株式四〇〇〇株、東京テアトルの株式八〇〇〇株を同日中に成行価格にて売却するよう依頼し、東京クレジットはこれを承諾し、前記株式を第三者に売渡す旨の売買契約が成立した。

この結果、原告が支払いを受けるべき金額は、手数料、取引税を控除しても四五二万三一二七円となる。

(二)  ところが、東京クレジットは、昭和五九年六月二日、原告からの依頼を受けないにもかかわらず、クラレの株式七〇〇〇株を買い受ける旨の売買契約を締結し、前記四五二万三一二七円を右売買代金に充当して清算したとしたとしている。

三被告両名の責任

(一)  投資ジャーナルグループの株式売買の仕組

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  投資ジャーナルグループは、「月刊投資家」を発行する投資ジャーナルと豊かな未来の会、高輪会等約三〇社の投資顧問群、東京クレジット、東証信用代行株式会社、日本証券流通株式会社の証券金融会社から構成されている。

(2)  投資ジャーナルグループは、投資ジャーナルの発行するところの「月刊投資家」等の定期刊行物や一般新聞紙上に、前記の投資顧問群の広告を掲載し、これら投資顧問に入会すれば、有益かつ的確な証券情報を得ることができ、これに基づく証券取引で確実に利益が得られる旨宣伝して、一般投資家を誘引した。投資顧問担当者は、これに応じて投資顧問に入会した顧客に対し、前記の東京クレジット等の証券金融会社が安い時期に大量に買付けた株式を当時の価格で売却する等と申し向けて株式購入を勧誘した。証券金融会社は、注文した顧客に代金を送付させて投資ジャーナルで集中管理し、株券は投資ジャーナルや株式会社ラックで保管し、売買報告書及び受領金員の預り証を交付したが、買付けたはずの株券及びその預り証を顧客に交付することをしなかつた。株式を買付けた顧客が証券金融会社に対し、その株式の売却を申し出た場合は証券金融会社はこれを売却して清算金を支払うことになつていたが、実際は売却した旨の売買報告書を郵送するのみで、可能な限り、預り金の返還を避止すべく、執拗かつ巧妙に新しい株式を購入させて清算金を支払わないようにしたり、担当者がいない等の口実をもつて支払おうともしない。

(3)  東京クレジット等の証券金融会社は、実際は株式を全く買付けていないか、買付総量に見合う量を買付けていない場合がある。証券金融会社は、証券取引法に基づいて、有価証券の売買、売買の媒介、取次、代理業を行なうにつき大蔵大臣の免許を得ることが必要であるにもかかわらず、その免許を得ていない。

(二)  東京クレジットの不法行為責任

前項において認定した事実によれば、いわゆる投資ジャーナルグループは、株式投資の助言及び株式売買或いはその代行等の証券取引の名目で、不特定多数の一般投資家の金員を騙取したというべきであるところ、東京クレジットは、そのグループの主要な一員として、証券金融会社の役割を果たし、その業務の一環として、前記二において認定したとおり、原告に対する無断の株式売買、清算金の支払い拒否をなしているといわなければならない。

従つて、東京クレジットは、原告に対し、原告が本件取引から被つた損害につき、賠償の義務がある。

(三)  被告両名の取締役としての責任

(1)  原告は、被告両名が東京クレジットの代表取締役であり、その職務を行うにつき悪意又は重大な過失があつたとして、商法二六六条の三による責任を負うべき旨主張する。

被告両名が原告と東京クレジットとの本件取引期間中、東京クレジットの代表取締役として商業登記簿に登記されていることは先に認定したとおりであるが、他方、被告梅本、同井上各本人尋問の結果及び証人岩崎豊文の証言によれば、東京クレジットは設立以来株主総会も取締役会も開催したことがないこと、同社の実質的な運営を担当していた岩崎は、昭和五八年八月ころ、当時同社の代表取締役で、投資ジャーナルグループの総括主宰者であつた中江滋樹(以下「中江」という。)から東京クレジットを投資ジャーナルグループと無関係な会社であると偽装するため、同グループと無関係の人物を東京クレジットの代表取締役にするよう指示されたこと、岩崎は、そのころ、右指示に従い、友人であり、消火器の販売等を行なつていた中央防災理化株式会社の代表取締役である被告梅本に対し、迷惑をかけないから代表取締役としての名前だけ貸してほしいと頼み、同人の承諾を得て、中江に代わつて被告梅本の取締役及び代表取締役としての登記がなされたこと、被告梅本は昭和五九年二月ころから東京クレジットの代表取締役として新聞等に自らの名前が出ることをおそれ、中央防災理化株式会社の従業員である被告井上を被告梅本の身代わりとして岩崎に紹介したこと、岩崎はやはり、被告井上に対し、迷惑をかけないから代表取締役としての名前だけ貸してほしいと頼み、同人の承諾を得て、被告梅本に代わつて被告井上の取締役及び代表取締役としての登記がなされたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、被告両名の取締役及び代表取締役への就任は、東京クレジットの創立総会又は株主総会の決議に基づくものではなく、まつたく名目上のものにすぎなかつたのであるから、被告両名は商法二六六条の三にいう取締役には当たらないというべきである。しかし、前記認定のとおり、被告両名は東京クレジットの取締役及び代表取締役に就任した旨の登記につき、承諾を与えたのであるから、不実の登記を申請した商人(登記申請権者。本件では東京クレジット)のみならず、取締役としての就任の登記をされた被告両名も商法一四条の類推適用により、同人に故意又は過失があるかぎり、当該登記事項の不実なことをもつて善意の第三者に対抗することができないものと解するのが相当である。そして、前記認定事実によれば、被告両名は自己が法律上東京クレジットの取締役並びに代表取締役たる資格なきことを知りつつ、すなわち故意、少なくとも過失によつて、不実の取締役並びに代表取締役の就任登記をなしたものということができるから、被告両名は右登記事項の不実であること、換言すれば、被告両名が東京クレジットの取締役でないことをもつて善意の第三者である原告に対抗することができず、その結果として被告両名は原告に対し、商法二六六条の三の規定にいう取締役として、所定の責任を免れることができないというべきである。

(2)  〈証拠〉を総合すれば、被告梅本は昭和五八年九月から昭和五九年五月まで毎月初めに岩崎を通じて東京クレジットから月額一五万円の報酬を受領したこと、その際、被告梅本は岩崎と東京クレジットの業務の概括的内容(貸付残高、顧客数程度)については雑談程度の話をしたことはあつたが、岩崎はそれ以上詳しい報告をせず、被告梅本もそれ以上岩崎に問い質すことをしなかつたこと、被告梅本は昭和五九年二月ころ、マスメディアの報道で、東京クレジットが投資ジャーナルグループの関連法人であり、その総括主宰者が中江であると知つた後も、取締役会の招集を求めたり、東京クレジットの本社に出向いたりしたことはなかつたこと、被告井上は、東京クレジットの取締役及び代表取締役の就任登記を了し、被告梅本を通じて東京クレジットから二、三回に分けて、二年間の報酬合計三六〇万円(月額一五万円)の前渡しを受けたが、取締役会の招集を求めたり、東京クレジットの本社に出向いたり、決算報告書の提出を求めたりしたことは一切なかつたこと、被告井上は昭和五九年六月一九日付内容証明郵便で東京クレジットあてに取締役及び代表取締役の辞任届を送付し、右書面は同月二〇日東京クレジットに送達されたが、辞任の手続はなされていないことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、商法一四条により同法二六六条の三の規定が適用される関係においては、第三者である原告からみて、被告両名が取締役ないし代表取締役の地位にある以上、被告両名をその地位にあるものとして取扱うほかなく、しかるときは、前記のような東京クレジットの違法な業務が放置されていたことは被告両名が取締役ことに代表取締役としての職務の執行を怠り、しかもなんらなすところなく、これを拱手傍観していた点に重大な過失があつた結果によるものと帰結されるから、被告両名は原告が東京クレジットとの取引により被つた損害につき、損害賠償の責任を免れないというべきである。

なお、被告梅本は、東京クレジットは形式上は独立した法人であるが、その実質は投資ジャーナルの一部門にすぎず、法人としての実体はなかつたから、東京クレジットの代表取締役は商法二六六条の三の責任を負わないと主張する。しかし、証人岩崎豊文の証言によれば、東京クレジットは、投資ジャーナルの業務の下請的な業務、すなわち、株式の分譲、買付け等を行なつていたばかりでなく、独自の業務として証券担保金融も行なつており、アルバイトを含めると一四・五人の従業員がいたことを認めることができ、右事実によれば、東京クレジットは実体のある法人として機能していたというべきであるから、被告梅本の右主張は採用できない。

(四)  そこで、被告梅本の抗弁について判断する。

(1)  損害の公平な分担を原則とする民法七二二条二項の過失相殺の規定は、商法二六六条の三の適用にあたつても類推適用されるものと解するのが相当である。

(2)  前記認定事実、〈証拠〉によれば、原告は本件取引当時五一歳の男性で薬局を経営しており、これまで約一五年間にわたり証券会社を介して証券取引をした経験があること、原告は、書店で「月刊投資家」を見ただけで、投資ジャーナルや東京クレジットの業務内容や証券取引についての免許の有無等について全く確認しないまま、電話で株式取引を行なつたこと。原告は昭和五九年一月二二日に東京クレジットから一旦これまでの株式取引の清算として四六〇万円の返却を受けながら、投資ジャーナルグループがマスメディアを通して報道されるようになつた昭和五九年三月以降も東京クレジットと株式取引を継続したことが認められる。

そうすると、原告が損害を受けるに至つたについては、原告が「月刊投資家」の記載や電話による勧誘員の言を軽率に信用し、利益の獲得のみに目を奪われ、本件取引を開始、継続したことも一因となつているものと思われ、本件損害の発生については原告には相当の過失があつたものというべく、その過失割合は三割であると解するのが相当である。

(3)  被告井上は、本訴において過失相殺の主張をしていないが、裁判所は当事者の主張を要せず、職権で過失相殺をすることができると解するのが相当であるから、本件では被告井上に対する関係でも、前記のとおり被告梅本に対する関係と同様に三割の過失相殺を認めることとする。

四原告の損害

(一)  前記認定のとおり、原告は、株式取引の代金及び手数料名下に合計四二三万五九四二円を東京クレジットに交付したが、同社からその返還を受けていないのであるから、同額の損害を被つたものというべきであるが、前記どおり原告の三割の過失を斟酌すると、二九六万五一五九円{4,235,942×(1−0,3)=2,965,159未満切捨て}となる。

(二)  弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任したことが認められ、本件事案の性質、認容額など諸般の事情を斟酌すると、弁護士費用の額は三〇万円と解するのが相当である。

(三)  そうすると、原告の損害額は三二六万五一五九円となる。

五結論

よつて、原告の請求は、商法二六六条の三による損害賠償請求権に基づき、被告両名に対し、各自三二六万五一五九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告梅本については昭和五九年九月一五日から、被告井上については昭和五九年九月一九日から、それぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、原告の被告両名に対するその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官森 宏司 裁判長裁判官福永政彦、裁判官神山隆一は、いずれも転補につき署名捺印できない。裁判官森 宏司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例